破産今昔物語4

  1. 破産今昔物語4
    今は、ちまたには、多重債務についての広告があふれている。法テラスの相談もあるし、ネットでも弁護士にアクセスできる。質の問題はあるが、無料相談が当たり前である。
    しかし、二十数年前はサラ金被害者は弁護士のサポートをほとんど受けられなかった。法テラス(前身の法律扶助協会)の相談も十分機能しているとは言いがたかった。
    債務整理で悪質な整理屋と結託(利用され)た弁護士は結構いて、問題となっていた。サラ金被害者を救済すると称し、月々高額な弁護士費用を預けさせ、いい加減な和解をするということが横行していた。時には、その整理屋がお金を持ち逃げしたり、弁護士が死んだりして大問題が露呈することが結構あった。整理屋系は、スポーツ新聞の広告、公衆トイレのチラシ、サラ金店長との結託などで、顧客を獲得していたようだ。
    ひどい弁護士(+整理屋)は任意整理しかしない、まともな弁護士は必要に応じて破産手続…きをする、という構図があった。各地でがんばっている弁護士もどうすれば良いのか模索していたのだと思う。
    これに一つの風穴を開けたのが、東京弁護士会のサラ金相談だったのではないか。
    昭和55年(1980)年にスタートし、私が弁護士5年目ぐらいには、だいぶ機能しだしていた。
    私が担当しだした頃の特徴は1全件受任主義、2着手金分割が原則、3定型契約書による
    契約関係の簡素化、4受任審査の省略、5報告と研修などである。
    1995年(平成7年)に現弁護士会館が出来て、東弁だけでなく、3会で合同でやるようになった。クレサラ相談は、四谷、神田にも専門相談センターが出来、サラ金被害者の救済に大いに役立った。関東近県からも相談者が来て、関東近県の弁護士の事件処理にも大きな影響を与えたと思う。
    東弁の事務局の聴き取りをしたが、きちんとクレサラ相談の歴史はまとめられていないとのこと。今、弁護士会の法律相談はあるいは死に絶えるかも知れないから、関心もどんどん低下しているのかなあ。
    続く。
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